クラファン成功祈願!|女装とクィーンと、パレードと。|満島てる子



みなさんこんにちは。

さっぽろレインボープライドの満島てる子です。


前回も前々回も、思い切り自分の気持ちをずらずら書いてましたね、あたしったら…。苦笑

最近の流行り病(って言い方もどうかしてるべか)をめぐる諸々だったり、今年のLGBTをめぐる諸事情について強く思ったことだったり、己のかなり深い芯の部分からみなさんにお話をさせていただきました。


違うの、これね、前も強調したと思うんだけど「クラファン成功祈願」の日記のはずなのよ!

自分事をのんべんだらりと書いている場合じゃないはずなの…!笑

(どうかどうか、皆さん支援お願いしますね~!)


応援ありがとうございます!

みなさまの温かいご支援に感謝!

さっぽろレインボープライド2021

クラウドファンディング


とはいえ、コロナ然り、“LGBT差別”も然り、そして、パレードも然り。

どれもあたしの生活のすぐ隣にあって、それぞれが密接に絡み合っているからこそ、パレードについて考えれば考えるほど「自分」に関する振り返りの機会になっていくんです。不思議よね。

だから、このクラファンをきっかけに己についていろんなことを考えさせてもらっているという事実、この日記を読んでくださっている皆さんにまずお伝えしたいし、同時に感謝したいとも思っています。


さて、そんなわけで今日は、さっぽろレインボープライドという団体に所属するにあたって個人的にずっと探し続けていることのひとつ、「ドラァグクィーンもしくは女装として、何ができるか」という点について、これまでよりは簡単に(笑)、書かせてください。


パレードという営みに実行委員として関わるようになって現在4年目。それと同時に、「満島てる子」という名前で、ひとりの女装子として生きるようになって5年目となりました。

なんなら「てるまゑ・ノヱビア」と称しドラァグクィーンとして活動しはじめてからは、もう7年目になるようで。




改めて文字にするとなんだかまざまざと実感させられるわね。


そんな数字をならべたところでなのですが、要するに、自分の顔にお粉をふりつつさっぽろレインボープライドの活動もするようになってからややしばらくが経ったのだなと、ふと考える時があります。


思い返せば「パレードwith化粧」な状況が始まってからは、ずっとカオスなことまみれでした。

女装自体は生きがいでありつつ、今はこれで身を立てている以上あたしにとっては本業なんですが、その仕事とパレード活動のバランスを自分なりに取ろうとしたり、心の中でいろんな折り合いをつけていたりするのに、何かにつけて「え?やだぁなんてこと…」な事件が起こっちゃったりするんですよね。


1年目なんて、集合してみんなで会議している最中、その後出勤というのはもちろんあったんだけれど、すごい剣幕でみんなが話し合っているにもかからず、コンシーラー肌にばんばん叩き込む音、事務所中に響き渡らせたりしちゃってたような(ちったぁ遠慮せえよってね)。

んでメイク終わったらもう開店時間ギリギリで、店まで怒涛の勢いで走って行くんだけど、その道中でつけまが風であらぬ方向へズレるの。苦笑

初年どころかここ最近だって似たようなことしてるかもしれないわ。こないだもZoomミーティングしながらメイクしてたっけ、てへぺろ♪



そんなばからしいこともあったり、「いや本気でやっちまった」なこともあったりしつつなここ数年だったわけですが、そんな中でも様々な出来事を通じてよく考えさせられてきたのが、“女装でありつつパレード活動をする”ということの意味でした。


「ドラァグクィーン」や「女装」という立場には、その文化の出自自体はそうでもないし別にそうじゃなくてもかまわないわけなのですが、現代では時折“LGBT”代表かのような役割が担わされる場面もあります(ここで言ってる「女装」はdragやcross-dress、セクシャリティの別もすべてひっくるめてになっちゃってますが、その内部での差異や連帯についてはずっと考え続けていることなので、また語れたらいいな)。これはおそらく、わかりやすいわかりにくいは別にして、性というものについての何かがぱっきりとしたかたちで“可視化”され、表現されていることが関係していると思います。


だからこそ現状、女装たちは日本のみならず、世界的にパレードにとってはなくてはならぬ存在となっているわけですが(クィーンが出発式でスピーチするって海外だと当たり前まであるものね)、そうなってくると、さっぽろレインボープライドの実行委員もやっていてしかも女装でもあったりする場合、いろんな人から頻繁に「パレードについてどう考えてるの」「LGBTに関するあなたの意見は」と問いかけてもらう機会に出会うのです。



クィーンとしても駆け出しで、実行委員としてもままならない頃は、その周囲からの問いかけにどうやって応えていいのか、きちんと自分のなかで整理がつかず、ずっと悩み続けでした。

今でも自分が満足に応答できているとは到底思えないときもあって、落ち込んだりします(応えようって発想がおこがましいのかもしれないし、応じなくていいのかもしれないけれど)。


ですが、自分のなりわいである“女装”も、今年も携わらせてもらっている“実行委員会”も、どちらもパレードに育まれて存在しているのだなと、そのたびに感じるんですよね。

そして、そのどちらにも足をかけている自分だからこそ、例えば矢面に立つというような意味で、できることがまだまだあるのではないかと考え続ける日々です。



今年のさっぽろレインボープライドは、9月19日(日)の開催に向け現在活動中。

あたしは毎年のごとく、メイクをした状態できっとその場にいるだろうと思います。

昨年はどうやら「気迫」という名のおそらく殺気みたいなものが出ていたようで…苦笑

各方面からの指摘に反省しきりです。


ただ、そんな殺気はもちろん抑えたいけれど!笑

今年も“女装”で“実行委員”な自分にできることを、その場でもずっと探しつつ、みなさんとの出会いを楽しみに待っていたいと思っています。


晴れるように、雨乞い用の巫女服でも着てみようかしらね。いや冗談だけれど。

ではではみなさん、またいずれ。


社会や世の中を変えていきませんか?

みなさんと一緒に!

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